【アカペラコラム】あの日、僕はトライトーンに恋をした

「スナップ、鳴らしてっ」
観客全員がスナップを2つ鳴らす。
短い後奏が終わり、その素晴らしい演奏と圧倒的なパフォーマンスに会場が拍手に包まれる。
僕一人だけ何が起こったのかわからないまま、そのクリスマスコンサートは幕を閉じた。
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大学一年の冬、確かあの日は雨が降っていた。
トライトーンのワークショップ&クリスマスコンサートの帰りの電車に揺られながら、僕はサークルのみんなに今日の日の感動を伝えたいと思い、考えを巡らせていた。
当時はまだmixi全盛期。
各大学のアカペラサークルは、mixiのコミュニティ(Facebookでいうページのようなもの)を作り、その中で見学募集やサークル内掲示板を用意していたりした。
その中の一つ、同期が作っていた「ライブレポート」のページ。
出来たばかりで、あまり更新されていなかったそのページに、僕は長文のレポートを書いた。
〜まえがき〜には、こう綴られている。
今回は初レポートということで緊張しております。
ワークショップに行くのも初めて、三ノ宮も初めて、 しかも一人、ということでドキドキドキドキワクワクで行ってまいりました。
途中地図を忘れたことに気付いたり、携帯の電池がなくなったりとハプニングっぶりでしたが、存分に楽しんできて、サイン入りCDまで買ってきてしまいました。
アカペラを始めたばかりで、全く知識もないし、トライトーンのことも知らない。よくそんな時に単身乗り込んだなと今でも思う。
相当長文だったが、小さなアカペラサークルにおいて、ライブやワークショップのレポートは貴重だったのだろう。
コメントも多く、たくさんの人が読んでくれたと記憶している。
1、ライブについて
今回はライブ&ワークショップということで前半はライブでした。
いや、すごいしかいえないですね笑
曲順までは覚えてませんが洋楽が多かったように思います。
あとはジャズアレンジがはんばなかったです。ベースとポイバは同じ人で(トライトーンは5声です) アレンジもそのかたでした。
この他にも、トライトーンに対して僕は「アカペラにおいて、すごくリズムやノリを大切にするかたたちなのかなと思います」 とコメントしていた。
久しぶりに自分で読み返したその文章は、初々しくて恥ずかしくて、よくこれで先輩相手にドヤ顔で公開できたなと思う。
けど、今の僕にはない純粋さと素直さがあった。みんなで上手くなりたいっていう気持ちがあった。
今読んでも勉強になる言葉の数々。当時の僕にはわからなかったレッスンの内容も、今読めばなんとなく言いたいことがわかるようになった。
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長くアカペラを続けていると、知ってることが増えてきて、次第に色んなことを知って当たり前と勘違いするようになってくる。
トライトーンだって知ってて当たり前。
「あんまり聞かないんです〜」という人には「教養やから聞いといたほうがいいよ」などと高説を垂れる。
いつからこんな風にトライトーンを紹介するようになってしまったんだろう。
あの日、僕はトライトーンに恋をした。
大学時代のレポートは、当時のアルト担当”渡辺 愛香さん”への愛に溢れ、若気の至りに満ち満ちている。
アニメのエンディング曲ばかりを集めたメドレー、「アニソンエンドレー」に影響を受け、アニソンとメドレーばかりアレンジしようとしていたし(技術的にできなかったけれど)、
多胡さん(兄)のパフォーマンスに憧れて、ボイストランペットも超練習した。
関西でライブがあれば、値段に関わらず観に行って、CDにサインを貰って帰ってきたし、車の運転中は、そのCDから聞こえてくる音を好き勝手に歌って、愛香さんとハモった気になっていた。
出来ないながら、やりたいことをなんとかしてやろうとして、その過程そのものを楽しんでいたように思う。
やることすべてが新しかったし、それを”新しいこと”として一緒に楽しんでくれる仲間がいた。
最近の僕は、誰かにとっての”新しいこと”を一緒に楽しめる仲間になっているだろうか。
なんだか全部わかってる風に振る舞ってしまってないだろうか。
誰かにとっての”新しいこと”を、知ってて当たり前ぶってないだろうか。
誰かの恋路を邪魔してないだろうか。
あの日の僕が「あれはアカペラでは常識やで」と、誰か一人にでも言われていたら、あの恋は一瞬で終わりを告げてしまっていたかもしれない。
もし今度、誰かと一緒にライブに行くことがあれば、余計な前情報なして一緒に楽しめるように注意しよう。
もしこの記事を読んでいるあなたが、アカペラを始めたばかりで、まだ知らないことのほうが多いなら、それを一緒に楽しんでくれる人と音楽をしよう。
邪魔さえされなければ、アカペラにのめり込むことになると思う。
たった2つのスナップを鳴らすだけで、ドキドキしていた当時の僕のように。